覚悟期 〜米徳〜

鳥徳をオープンしてからたった一年後。鳥徳マスターのお兄さんの川崎さんが五十五年営業された店舗「米徳」を閉店するにあたり…「山根くん…お店やってくれん?」という、もはや定番となったお願いをされた。…が、鳥徳の時の様な迷いはなかった。

 

イケる感覚もわかってはいたし、新開に一店舗だけで留まるつもりもなかったから。新開を盛り上げる覚悟はあるか?をいち早く話し合い「やります!」と声を上げた大塚に店長が決まった。

 

当時の米徳といえば、大家でオーナーである川崎さんも八十代という高齢にも関わらず、昼から二十時までお店を頑張ってオープンしていた状態。しかも、メニューの幅広さは、寿司、丼、カレー、ラーメン…と、定食屋の王道を行く様なラインナップで、改めてお店を拝見させて貰った時には頭が下がる思いでいっぱいだった。

 

ただ、お店を引き継ぐにあたりメニューは変える事した。お昼営業はとりあえずやめよう。夜だけで、尾道にない尖った絞り込みメニューで挑戦しよう…で、決まったのが「肉鍋と煮込みと一品料理」というコテコテのド大衆酒場に決めた。もちろん内装はほぼそのまま残してね。

 

肉鍋の試食会をして感想を聞かせて欲しい!と、ウチ達の女性陣を呼んだのだが、

「辛いのが苦手なんで肉鍋の普通のも欲しい」「照明が古くさいので変えた方がいい」「トイレが…」「メニュー数が…」などなど…💦ダメ出しのオンパレード。

 

結果的にオープン前日まで肉鍋の味が決まらず、おいらも味を任せてたケンゴ専務にプッツン事件まで起きる有り様。結局オープンの直前まで徹夜でつくってGOってなったんだから。にしても一日でつくれるもんなんかね?笑笑

 

そうそぅ…結局、女性陣の提案はひとつも取り入れなかったというね。ホンマに失礼極まりない。

 

併設する鳥徳と米徳との壁に「小窓」を設けて、鳥徳の焼き鳥と米徳の煮込みをお互いに注文出来る工夫もした。

 

これから新開はこの二店舗が大きい影響力を残してゆくだろう。

けれど、このストーリーは我々だけでつくられたものではない。「繋がれてきた価値」に手を入れ改めて「繋いでゆく」という使命を託された。

 

プレッシャーは…ある。それでいい。

 

いつ辞めてもいい…などというくらいなら、そもそもこの新開という財産を「SINGAI」にまで昇華する事など出来ないだろうから。

 

ただお店を開店したのではない。この二店舗によって我々にも「まちづくり」という概念が芽生え始めたのかもしれない。