第2創業期① ~おやつとやまねこ~

二〇一〇年僕たちが新店舗を取り組んだのは居酒屋でもなくカフェでもない。やまねこカフェで働いていた「キムねえ」がお店を辞めたいと言ってきたのが発端だった。「なんでやめるん?」と聞いたところ、ケーキ屋をやりたい…とキムねえ。ウチはケーキ教えられる人間おらんから、お菓子教室に通わせてあげるけぇ!と、お菓子教室に会社経費で一年半通って貰った。その時期だったか彼女に提案したのはケーキ屋ではなく「プリン屋」をやろう!だった。

 

何故なら尾道にはおいしいケーキ屋が何軒もある。ケーキ屋として新規参入でノウハウもない我々では少々荷が重い。そこで勝負するより、今まで尾道にない特化した商品で…スイーツのお店の方が我々に合ってないか?それに、居酒屋、カフェ畑の我々は常に待つ商売でもある。出向いてゆく商売に挑戦してみたいという気持ちもあった。

 

試行錯誤の最中、思い出したのはプリンコンサルタント?ソムリエ?をやっていた竜平さんだった。

彼は会うと終始プリンの話しかしない程、プリンに命を懸けている男だった。キムねえを説得し、竜平さんにアドバイスを頂きながらお店づくり。たった四坪の店舗に中古のオーブンを導入し仲間と共に手作りではじめた。

 

地元御調の卵と、広島県一こだわり農法の砂谷牛乳、砂糖は身体にやさしい甜菜糖で瀬戸田のレモンをソースにして添えよう!化学調味料、保存料は使わない事に決めた。

デザインは漫画家つるくんで、店名は絵本の題名をイメージし「おやつとやまねこ」とした(誇るべき命名と思っている)。

 

そんな素人集団でスタートした尾道初プリン屋「おやつとやまねこ」だったが、オープンして数日後。プリンが固まってない!味が数日前と違う!お客様からのクレームが増えはじめ結局すぐに一旦閉店。後一ヵ月後に改めてオープンすることになるのだが、その間キムねえは悔しくて泣きながらプリンを作っていたらしい。

 

ほぼ二坪の厨房で数年間彼女達に辛い思いをさせた。居酒屋チームからも伊達ちゃんもトラバーユして。熱くて狭い厨房、作業環境の悪い中、プリンや焼き菓子を作ってくれている彼女達に、その頃から「絶対すぐ近くに新しい工場つくるから!」と約束し続けた。確かに約束は果たした。

 

振り返ると会社を牽引する程の業態となり、ついには女性スタッフが全社員の五○%を越え主婦の雇用も出来る様になり社風も変わったろう。

 

さて、レモンソースを醤油を入れる魚の容器に入れるという世界初のアイデアは夜中のベッドの中で思いついたものだ。寿司屋の息子だった僕はこのランチャームという魚の容器に馴染みがあったし、猫は魚がお好き!というウチのイメージとぴったりだった。次の日早速キムねえに…「これじゃー!この魚の容器ランチャームにレモンソースで決まりやぁ!」と興奮してアイデアを伝えに行った時の事は忘れもしない。

一言…「えー可愛くない、嫌です」だったな💦

新商品開発とかって、何が正しいのか何が世に受け入れられるかわからんもんだ。笑笑